「桜がたり 夢がたり」南のあったかい地方に、一寸変わった桜があるんだよ。
いや、普通の桜だよ。
春に咲いて、
夏に葉をつけて、
秋に散って、
冬に眠る。
うん。そんな普通の桜だ。
ただねぇ、こいつが随分と艶っぽい桜なんだよ。
え?
桜に艶なんかあるもんかって?
馬鹿にすんない。
桜にだって、ちゃーんと艶はある。
父ちゃんみたいにどっしりしたものから、
母ちゃんみたいにほっそりとしたもの、
ちびっこいガキみたいに元気なものから、
若いねえちゃんみたいにみずみずしいもの、
桜だっていろいろあらあね。
ちゃんと見てればよくわかんだよ。
まあ、それはおいといてだ。
その桜に会ったのは、そうさね4・5年前のことか。
俺がふらりとその桜が咲いてる城跡に行った時のことだ。
最初は昼間だったね。
咲き始めの初々しい頃でね。
なのにその桜だけは、どっかこう違うんだよ。他の桜とね。
なんつうか艶があるんだよ。色っぽくてね。驚いたよ。
昼間これだけ香るんだ。夜はさぞかし別嬪さんだろうと思って、
夜もうんと更けて、辺りに人がいなくなった頃を見計らっていったのさ。
これがねぇ。
艶が増していやがったんだよ。うんとね。
他の桜と比べて色も濃くてね、ほのかに甘い香りもするんだ。
なんだ、なんだ、と思ってね。他の桜に聞いてみたのさ。
あいつどうしたんだってさ。
そしたら、なんと。
恋をしてるんだとよ。
それも、夜空に輝くあのお月さんに。
つらいやねぇ。
相手はあんなはるか遠くにいるんだ。
想いなんてそうそう伝わるはずもないさ。
そう。
その桜の恋は、忍ぶ恋なんだよ。
なんだよ。
そんなのうそに決まってるって?
うそなんか言うもんか。おまえもその桜見てみたら一発でわかるさ。
もう意識が、体が、月に向かってるんだ。
全身全霊かけて恋をしてるんだ。
一途だよ。
今時、人間の女にもそうそういないよ。あんな一途なの。
それで、俺はすっかりその桜を気に入ってね。
毎夜、毎夜、その桜の恋が成就するべく応援しに行ったよ。
もちろん、酒を持ってね。
報われなくても負けんなよって、応援したもんだ。うん。
ああ?
暇だなって?
うるせぇよ。ほっとけ。
でも。
まあ、どんなに桜が頑張っても、自然の摂理っつうやつには勝てなくてね。
とうとう、その桜が散ってしまう時が来たんだ。
いい月夜だったよ。
満月でね。
月の光がじんわりと桜達を照らしてね。本当に、いい月夜だった。
その桜も散らまいと一生懸命に堪えてたさ。
風が吹いてもじっと我慢してね。
でも、やっぱり無理だった。
いちまい。
いちまい。
花びらが空に舞っていくんだ。
わずかな間、空を漂って、はらりと地面へ落ちていく。
決して、恋焦がれたあのお月さんへは届かない。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
落ちていく花びら。
せつなげでね。
泣いているようだったよ。
なのに月の野郎は、なんにもしやがらない。
いけずだよなぁ。
俺はじりじりしたよ。
なんとかしてやれよ、お月様よぉって、内心怒ってた。
そしたらさ。
不思議なことが起こったんだよ。
まんまるのお月さんから、一筋の光がその桜に向かって放たれたんだ。
すーっとね。音もなく。
その静かな光にね、地面へと落ちかけてた花びらが、ふと一枚のったんだ。
それでそのまま月へとすっと流れていったんだよ。
それからはもう早かった。
次から次へと桜の花びらが、その光にのって流れていったよ。
たくさんの花びらが重なって川みたいになって、天へ上っていくのさ。
天の川ならぬ、桜川だね。
そりゃもう見事なもんさ。
月の光に照らされて、甘い香を散らしてね。
ゆっくりとゆっくりと天へ上っていく。
あんな美しいものは、もう二度とお目にかかれないだろうってくらい、美しかったね。
いいもの見させてもらったよ。
あの時飲んだ酒は忘れられないね。
本当にうまかった。
お月さんもどんな気まぐれだかしれないよ。
一途な桜にほだされちゃったのかねぇ。でも、随分と粋なことをするじゃないか。
俺は見直したね。お月さんをさ。
ん?
それから桜はどうなったかって?
それ以来俺も会いに行ってねえからなぁ。
ああ、でも、風の噂じゃ、毎年いい花を咲かせてるってよ。
そんで相変わらずお月さんに夢中で、恋してるらしいってさ。
一途だよなぁ。俺も会いに行きたくなっちまったよ。
月に恋する桜もめずらしいが、成就させちまった桜も、これまためずらしいやね。
本当、いい桜だったよ。
何だ、他にめずらしい桜の話はないのかって?
そうだねぇ……。
それじゃ、咲かない桜ってのはどうだい?
咲けないんじゃないんだよ。咲かないんだ。自分の意思でね。
その理由ってのがね……。
<終わり>
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『つきのくさぐさ』 TB企画“桜月夜の記憶”に参加させていただきました。
……どうでしょうか?
企画内容からちょっとはずれているような気がするのですが。(涙)
花(桜)、月、とくれば酒でしょう……ということでできたお話です。
ああ、桜を見ながらお酒が飲みたいな〜と思っていただけたら成功なのですが。